普通、時間は、<過去>から<現在>、そして<未来>へ続いていると考えている。

この<過去>→<現在>→<未来>の時間の流れは、西欧的、キリスト教的考え方と言われている。

しかし、まったく違う考え方もある。

時間は、未だ来ていない<未来>から、今ある<現在>を経て、<過去>へと過ぎ去るという。

普通と逆の流れだ。

釈迦入滅後の仏教の考え(「アビダルマ」)にある。

これは、昔話「桃太郎」で、川上から「桃」が流れてくるという感じで理解できるかもしれない。

桃をうまく拾えば、「桃太郎」が授かる。

桃を拾えない、または拾わなければ「桃太郎」は生まれない・・・。

過去の行為が、現在を、そして未来を制約してしまうと思い込んでしまう場合もある。

「過去にああいうことがあったから、私には未来がない・・・」というように。

しかし、別の考え方、「過去よりも未来が先にある」という考えは、過去の制約には捉われない生き方、未来の新しい自分に出会うという勇気を与えてくれるのかもしれない。