知識や技術のベースに感覚がある。

また、感覚がないところに知識が生れない。

見ること、聴くこと、触れること、匂いを嗅ぐこと、味わうことという五つの感覚。

これらの感覚を通して、外界の情報が心に伝わる。

感覚とは、生れながらに備わったある種の判断能力だ。

感覚の内容が、心に残り、一つの経験となり、

普遍的な「あるもの」、これらの経験の「全体」について、

自分なりの認識と言葉が生まれる。

そんなことをアリストテレスは言っている…。

感覚のない知識はどこか弱弱しい。

どこか「自信」がない、自信が持てない借り物の知識だ。

一方、体験や経験に裏打ちされた知識は、強い。

そして謙虚でもある。

「感覚のないところに知識は生れない」ということは、「ラーニングデザイン」という学習・教育・成長理論の柱でもある。

「パチオリ」などのゲーム的なツールを扱うことで、抽象的な数字(経営計数)や言葉(ビジョン・ミッションなど)やシステム(貿易など)を具体的な手触り感という感覚を得ることができる。

結果を出す経験、ある世界を自らが変えたという経験が、知識に対する自信を生む。

知識を得るのみならず、自分もまた変化するという経験を得ることになる。